デス・オーバチュア
第190話「ルナティックジョーカー」



機械国家パープルの領土の最南。
以前ならそこはパープルとブラックの領土の境だった。
だが、今ではそこは陸地と海の境でしかない。
ファントム崩壊のおりに、コクマ・ラツィエルの手によって、ブラックの領土が綺麗に消し飛ばされてしまったからだ。


かってパープルとブラックの境であった場所に存在する海辺。
「…………」
金髪の美少年が一人、海を眺めていた。
白に金色で豪奢な刺繍のされたゴージャス(豪華、豪奢)な王衣の上に、黄金と宝石でできた多数の装飾品と純白のマントを纏っている。
少年の瞳は、氷のような透き通った青と、魔性の輝きを放つ金色の色違い……オッドアイだった。
オッドアイ、それは少年の瞳の呼び名であり、同時に少年の個人名でもある。
聖魔王オッドアイ、魔界の黄薔薇、魔界の西方を支配する魔王……それが少年の正体だった。
「…………ちっ!」
オッドアイは突然背後を振り返ると、右手に赤の直剣を左手に青の直剣を出現させる。
そして、そのまま二振りの直剣を、今この瞬間、彼の眼前に出現した『モノ』に迷わず斬りつけた。
「あらぁ〜、怖いぃ〜……挨拶も無しでいきなり斬り殺そうとするなんて……うふふふふっ」
出現したのは黒いうさ耳を生やした金髪の女……セレナ・セレナーデである。
セレナは、交差させた両手で、それぞれ赤と青の直剣を受け止めていた。
「何の用だ、黒兎……」
赤い直剣に炎が、青い直剣に冷気が迸る。
「きゃっ、熱っ? 冷たいぃ〜?」
セレナは右手が燃え、左手が凍りつく前に、赤と青の直剣を手放して飛び離れた。
そう文字通り飛び離れたのである、背中と腰から二枚ずつ生えた計四枚の黒い天使の翼を羽ばたかせて。
「わざわざ僕に殺されにでも来たのか? 無力で無価値な月の黒兎……」
オッドアイは赤と青の直剣……赤と青のエクスカリバー(聖剣)を構え直した。
「嫌ねぇ〜、ルナティックジョーカーとか、ルナシーラビットとか呼んで欲しいわね〜、うふふふふっ」
セレナは薄笑いながら、眼下のオッドアイを見下している。
「何処の誰が貴様をそんな大層な異名で呼んだ? 卑賤なバニーガール(接待女)風情が……」
「あはははははははっ! 別に誰にも呼ばれてないわ、勝手にそう名乗っているだけ……私にピッタリな異名だと思わない、聖魔王?」
セレナは、嫌みのようにオッドアイを異名で呼んだ。
「狂った道化師に、気狂い兎か……ふん、自分が狂っていることだけは自覚しているようだな……」
「うふふふふ、『月』と『狂気』は同意よ……私は月の道化師にして兎……そして、狂気の道化師にして兎でもある……つまり、私は月(狂気)という現象(概念)そのものなのよ、うふ、うふふふふふふふっ!」
セレナは宣言通り、狂気を孕んだような笑い声をあげる。
「ふん、認めてやろう、貴様が誰よりも狂った女だということだけはなっ!」
オッドアイは空へと跳躍し、一瞬でセレナとの間合いを詰めた。
「きゃああ、怖いぃ〜」
セレナは、振り下ろされた二本の聖剣を、宙を舞うようにして紙一重で回避する。
「ちっ!」
オッドアイは再度、二本の聖剣を同時にセレナに斬りつけた。
セレナを縦に両断しようとする赤い聖剣が燃え狂う炎を、胴体を両断しようとする青い聖剣が凍てつく冷気を放出しながら迫る。
「うふふふっ!」
炎と氷の聖剣は、何もない虚空を十文字に切り裂いた。
「危ない、危ない……やっぱり、こっちじゃないと駄目みたいねぇ〜」
セレナの声はオッドアイの背後の上空から。
オッドアイがそちらに視線を向けると、黒い四枚の翼を天使(鳥型)から悪魔(蝙蝠型)に変えたセレナの姿があった。
「アンブレラみたいに、羽ばたく度に羽が舞い散るのは素敵だけど……やっぱり実用性はこっちの方がいいみたいね」
「どちらにしろ、紛い物、偽りの翼だろうっ!」
オッドアイの振り下ろした赤の聖剣から無数の火球を撃ち出され、セレナに迫る。
だが、火球は全てセレナを擦り抜けて、空の彼方へ消えていった。
「ええ、その通りよ。天使の翼も悪魔の翼も、洋服を変化させただけの物に過ぎないわ」
火球は擦り抜けたのではない、セレナは超高速で空を自由自在に駆け、火球を全て回避したのである。
全てを避けた後、元の位置に戻ったため、あまりの速さゆえ、最初の浮遊位置から動いてないように見えたのだ。
「ねえ、地上で戦わない? 地に足が着いてないと、どうも落ち着かないわ〜」
「いいだろう……だが、勘違いするな、僕は貴様と戦うつもりなんてない……ただ単に僕が貴様を一方的に抹殺するだけだ!」
オッドアイは宣言すると、地上へと降下する。
「うぅ〜ん、ねえ、なんか言葉遣い普段と微妙に違ってない?」
セレナも後を追うように、地上に降り立った。
「相手が貴様だからだ……口調のきつさは貴様に対する嫌悪と怒りの現れだ……」
「あららぁ〜、嫌われたものね。もしかして、私、叔父様……あなたのお父様より嫌われていたりするのかしら〜?」
「安心しろ……いくら貴様でもあいつには敵わない……貴様はあいつの次ぐらいに嫌いだっ!」
言い終わるより速く、オッドアイはセレナへと駆けだす。
「酷いわね……とっ!」
セレナは斬りつけられた二本の聖剣を、そろぞれ的確に剣の『背』に両手を叩き込んで払い除けた。
「なっ……」
「あなたのモニカを封じ込めたのはお母様、私は不憫な妹のことを心から心配している優しい姉なのに……」
セレナの両手が月光のような青白い輝きを放っている。
「貴……」
「蒼月掌(そうげつしょう)!」
セレナは広げていた青く輝く両手を、オッドアイの腹部に叩き込んだ。
「ぐっ、かああああぁっ!?」
オッドアイは派手に吹き飛び、木々を破壊しながら森の奥へと消えていく。
「どう? これがあなた達から見たら無力で無価値な『並の神族程度』の力よ」
両手の輝きに合わせるかのように、セレナの瞳は青く光り輝いていた。
「……ウサギの瞳は赤じゃなかったのか?」
森の中から青い光輝が……オッドアイが飛び出してくる。
「うふふふふっ、月の光は何色かしら? 赤? 青? それとも銀色?」
セレナの両手の輝きが消えると、彼女の瞳は深い黒色に変わっていた。
「そういえば、あなたは赤い瞳の私としか会ったことがなかったかしら? 魔皇界も魔眼城もいつも真っ暗だったものね……」
黒色の瞳が落ち着きなく、時に赤く、時には青く変色し、妖しく光り輝く。
「なるほど……闇の中でこそ赤く発光するが、貴様の本当の瞳の色は……ファージアスやクライドと同じ夜よりも闇よりも深く暗い暗黒……ディープブラック……」
「ええ、そうよ。髪も肌も顔立ちもお母様譲りだけど……この瞳だけはお父様から頂いたもの……私が紛れもなく、魔皇の血を……力を継ぐものである証……!」
セレナの黒色の瞳が血のように赤く変色し、妖しく光り輝いた。
「私の瞳の変色はあなたの聖魔の力と同じようなもの……聖なる力を使おうとすれば青く、魔なる力を使おうとすれば赤く光り輝くのよっ!」
セレナの両手が、瞳と同じ赤い輝きを放ち出す。
「今度は魔属性の力か……」
オッドアイは、左手で腹部を押さえながら呟いた。
蒼月掌というらしい青く輝く両手による掌底の一撃は、オッドアイにかなりのダメージを与えている。
ダメージといっても、普通の打撃のように外部からの負荷で表面を破壊されたのではなく、まるで体の内部から爆破されたような衝撃だった。
その証拠のように、外面……オッドアイの王衣自体は破れたり、焦げたりなどの損傷を負っていなかった。
「うふふふふ、行くわよ〜」
攻撃宣言を終えた瞬間、セレナの姿がオッドアイの視界から消失する。
「つっ!」
何かを感じたのか、オッドアイが後方に跳び離れた。
オッドアイの顔を掠めるようにして何かが大地に降下する。
セレナだった。
高速で螺旋回転しながら、揃えた両足でドリルのように大地を剔っていく。
「……と、外しちゃったぁ〜」
腰まで隠れる程の穴を穿ち、セレナの回転は止まった。
「輝く両手に相手の注意を集中させておいて、頭上から踏み潰す……いや、踏み抜くような蹴りか……嘘吐き女が……」
「あらぁ〜、私は手で攻撃するなんて一言も言っていないわよ〜、うふふふふふっ」
セレナの姿が再び消失する。
「ちっ……」
オッドアイは再び後方に跳び退がった。
「落月渦(らくげつか)!」
オッドアイの三十センチ程前方を、ドリルのように回転するセレナが通過していく。
「二度も同じ技が通用すると……」
「勿論、思ってないわ!」
セレナは前の一撃と違い大地を穿つことなく、足が地に着いた瞬間ピタリと止まった。
「昇月渦(しょうげつか!)」
「くっ!?」
セレナが螺旋回転しながらの飛び蹴りで垂直に上昇する。
揃えられた両足のハイヒールの踵が、オッドアイの顎を蹴り上げた。



「い……いつまでも……」
宙へと打ち上げられたオッドアイは、宙返りして大地に着地した。
「調子に乗るなっ!」
そして、いまだに回転しながら天へと昇っていくドリル……セレナに向かって無数の氷柱を放つ。
「……とっ」
迫る氷柱の群に気づき、セレナはピタリと回転を止めた。
セレナは氷柱の群から逃げようともせず、赤く輝く両手を広げて待ち構える。
「紅月掌(こうげつしょう)!」
両手の掌底が前方に突き出された瞬間、巨大な赤い満月が爆誕(爆発的勢いで発生)しセレナの姿を覆い隠した。
赤い満月は爆誕した際に氷柱を全て消し飛ばし、役目を終えると消滅する。
「うふふふふ……あまり甘くみないで欲しいわ、その程度で……」
「氷炎剣赤の奥義……」
「あらぁ?」
オッドアイの姿が、セレナの目の前にあった。
荒れ狂う炎を纏った赤の聖剣が、彼女へと振り下ろされる。
「炎帝鳳凰斬(えんていほうおうざん)!」
赤い光炎で形成された巨大な鳳凰がセレナを呑み尽くし、地上へと急降下して大爆発を起こした。
「……殺ったか?」
オッドアイは眼下を見下ろす。
鳳凰の爆発が巻き起こした爆炎が、瞬時に眼下の森を一瞬で灼き尽くし、海を蒸発させていた。
「……うふ、うふふふふふふふふふふふっ……」
地上から薄笑いが聞こえてくる。
「ちっ……」
薄笑いの意味することを悟り、オッドアイは舌打ちした。
「そのセリフを言って、本当に殺れたことって……見たことないわね」
地上からゆっくりとセレナが浮かび上がってくる。
オッドアイと向き合ったセレナは、見た目、まったくの無傷だった。
「当たらなかったのか……?」
「いいえ、直撃よ、でもね……」
「でも?」
「ぬるいのよ、所詮、鳳凰は鳳凰、不死鳥には至れない……」
「何……?」
不死鳥と鳳凰は同一視されることもある炎の鳥である。
だが、朱雀も含め、三種の炎の鳥は厳密には生態も発祥も異なる別の種だ。
「煉獄の炎や魔界の炎に比べたら、あなたの炎なんて……ぬるま湯の温度よ」
「ぬるま湯だと!?」
「うふふふふ……ちょっと言い過ぎたぁ〜? そうね、ぬるくはなかったわ、寧ろ適温……蒸し風呂(サウナ)にでも入ったみたいで気持ち良かったわ、あははははははははははははっ!」
セレナはとても楽しげにオッドアイを嘲笑う。
「くっ、貴様……」
オッドアイは氷の瞳と黄金の瞳で、憎々しげにセレナを睨みつけた。
「魔界の炎を操れとまでは言わないけれど、せめて煉獄や地獄の炎ぐらい操って見せたらぁ〜? うふふふふ……」
「…………」
それにしても、おかしい。
セレナ・セレナーデがここまで強いはずがないのだ。
彼女は、母親である月の女神と同等(神族一体分)程度の力しか持たない、魔皇の子としては出来損なはずである。
「所詮、自然界の炎レベル……そんなものでは私の薄皮一枚焼けないわ」
「ふん……どうやら、僕が間違っていたらしい」
「あらぁ?」
オッドアイは二本の聖剣を握った両手を下ろし無防備な体勢を取ると、気持ちを切り替えるように深く息を吐いた。
「僕は……相手が『君』のような雑魚だと認識していた存在である以上……『片手間』で倒さなければいけないと思っていた……」
「ふぅ〜ん、片手間ね〜?」
セレナの視線が、オッドアイの右手に握られている赤い聖剣に向けられる。
「でも、それは間違いだった……ここからは『両手』で……ちゃんと『本気』で相手をしよう。君を『雑魚』ではなく、正当な『敵』と認めて、それなりに敬意を払ってね……」
「うふふふふふっ、とても光栄だわ」
「では、行くよ……ここからが本当の氷炎剣だ」
オッドアイは、右手の赤の聖剣を上段に、左手の青い聖剣を下段に構え直した。












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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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